紛争地コンゴ東部で、仲間たちとの協働を目指して PUR平和センター職員 【田畑 勇樹】

ニュースレター・ウブムエ

PUR平和センター職員としてルワンダに戻り、3ヶ月が経過しました。留学時代(2020年)に出会った友人らと同僚として仕事をすることになり、とても新鮮で学びの多い日々を過ごしています。

筆者(左)とンゲンジ(右)、キチャンガのフィールドにて

現在、私が平和センターで担っているのは「非暴力行動のための青年エンパワーメント事業(YENA)」に関わるルワンダ・コンゴ東部・ブルンジの若者たちの活動を支え、発展させることです。

 

■ 仲間のいる、紛争下のコンゴ東部へ

YENAメンバーの中で最も行動的に活動している若者の一人が、コンゴ人のンゲンジです。佐々木さんが企画した同窓会(2026年1月)にて、私は彼と知り合いました。

その時に、紛争下で家族を失った彼の生い立ち、コンゴ難民としてルワンダで過ごした苦難の日々、PURで学んだ大学時代のことを聞かせてもらいました。そこで私が何より心動かされたのは、そのような痛みや傷を背負いながらも、母国の平和のために働く彼の姿でした。

2025年、コンゴ紛争が激化する中、大学を卒業したンゲンジは母国コンゴに帰還し、平和構築NGOで働き始め、スポーツや伝統ダンスを通じた平和構築活動に取り組んでいます。

そしてついに10月初頭、佐々木さんと共にンゲンジの活動する紛争下のコンゴ東部、北キブ州キチャンガを訪れました。

今回の渡航目的は2つありました。まず彼の活動の一部は日本人元留学生団体『とりくむゑ』のクラウドファンディング資金から拠出されるため、現地の状況と活動を深く理解すること。もう一つは、今後平和センターとして、ンゲンジとのさらなる協働の可能性を議論することでした。

ルワンダ留学から6年。佐々木さんの指導の下で、アフリカ諸国出身の若者たちと学んだ私は今、その佐々木さんとコンゴ東部へ向かい、PURを通じてできた友人との協働を模索している。これまでのすべての経験が、ここにつながる必然だったという感覚を覚えました。

 

■ 戦争のある日常への衝撃

コンゴに入国後、ゴマから約80kmに位置するキチャンガで、2泊3日にわたってンゲンジの所属する団体「平和と和解のためのコンゴ人連合」(CUPRA/DRC)の活動を見学しました。紛争で傷ついた人々の和解と平和をビジョンとして掲げる同団体は、2017年以降、度重なる紛争で活動停止を経験しながらも活動を続けてきました。

ンゲンジが主体として担うサッカーや伝統ダンス教室も見学しました。でこぼこで石だらけのグラウンドで、子どもたちはサッカーボールを追いかけていました。その中には、6つの異なる民族の子どもたちが混じり合っています。

「数十年にわたる歴史の中で異なる民族集団が対立し、それが世代を超えて子どもたちの認識にまで根深く残っている」とンゲンジは言いました。「それでもこうして共に活動することで信頼関係が築かれる。そこから平和が始まるはずだ」

武装勢力M23支配下でも平和を模索するンゲンジに励まされる一方、コンゴ東部は未だ戦時下にあることを強く感じる場面が度々ありました。

現在の戦闘の前線はキチャンガから約50kmの地域であり、町中にも常に多くのM23の兵隊が行き来しているような状況です。

滞在中、強く印象に残った瞬間がありました。それはサッカーの活動を見学していた時のことです。私が子どもたちに混じって一緒にボールを追いかけていた時、グラウンドの真ん中をバイクに乗ったM23の兵隊らが、銃口を天に向けるようにして銃を抱え、私たちのすぐそばを通り過ぎて行ったのです。「これが戦争のある日常なのだ」と、私は現実に引き戻されたように感じました。

幼少期から、日常的に紛争や暴力に触れ、隣接する民族集団を敵として教えられてきた子どもたちの将来はどうなっていくのでしょう。彼らは、いかにして暴力の連鎖から抜け出すことができるのでしょう。

私は強く思いました。「この大湖地域の紛争の中心地とも言えるコンゴ東部こそ、最も平和構築を必要としている場所だ。ならばここで活動を始めないわけにはいかない」と。

 

■ 平和を諦めない人たちが教えてくれること

しかし、PUR平和センターの一員として、思いだけで事を進めることはできません。コンゴ東部への介入にはいくつもの懸念や葛藤があります。この出張中、繰り返し佐々木さんと話していたことがあります。

まずコンゴ東部は、まだ戦時下です。現在の前線はキチャンガから約50km。直近では、いくつかのM23の支配拠点が政府軍/民兵側勢力によって奪還されたという情報もあります。

いつ、この体制が崩れるかはわかりません。もしそうなってしまえば、ここに暮らす人々は難民・避難民となってしまいます。そのことまで念頭に置いた上で、具体的にどのような活動ができるのか、模索し続けていく必要があります。

もちろん、再びキチャンガが戦禍となってほしくはありません。しかし、いつまでもM23の実効支配が続く状態も平和とは言えません。そこで出てくるのが「M23の支配下での活動という倫理的な懸念をどう扱うべきか」という問題です。

現在の支配体制の中で、その枠組みの中で許されることだけを行うのは、M23の支配をある意味で「正当化する」ことにも繋がりかねません。

私たちPUR平和センターは、『政治的に中立な立場』を取る多くの人道支援団体とは異なり、平和構築を担う組織です。それならば、M23による暴力や人権侵害に対してもNOを主張する立場にあり、必然的にそこに行き着かなければならないと思うのです。

こうした中で、コンゴ東部の現場に根付いた活動を進めていくのは簡単なことではありません。こうした倫理的葛藤を含め、乗り越えなければならない大きな壁が残されており、具体的な協働については継続的に議論を続けていきます。

それでも私は、このコンゴ東部で活動を始めないわけにはいかないと考えています。それはンゲンジという平和を諦めない仲間がいるからです。紛争の悲しみや苦しみを背負いながらも、平和のために尽くそうとする人たちがいるからです。

アフリカ大湖地域の紛争は、30年以上も解決できずに続いています。それは最も平和構築を必要としている場所であることを意味します。

本当の意味で「この地域が平和になった」と言えるのは、まだ遠すぎる日のことでしょう。

それでも、今この瞬間にできることに誠実に取り組むこと。希望があるから行動するのではなく、行動することで希望が生まれること。それらを教えてくれたのは、やはりンゲンジをはじめとする、この地域で平和構築に挑む友人らの存在です。

コンゴ東部から安全にルワンダに戻り、ほっと安堵の息が漏れたのは束の間のこと。平和センター職員として、次はいつコンゴに戻るべきか、何ができるか、何をすべきか。すでに頭の中はそのことでいっぱいです。

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